東京から四国に引っ越して暮らしてみると、あらためて思うことがある。
私は、「自分の選択」で東京の大学に進み、東京で働いてきた、と思っていた。
けれど、40代の今になって思う。――それは、案外「環境がそうだったから」
なのかもしれない。
横浜という東京のベッドタウンの街に生まれ、高校の同級生の多くが、
自宅から通える範囲の東京や首都圏の大学に進学した。
その流れの中で、自分も自然に東京の大学(東大ではないよ、笑)へ向かった。
当時は自分なりに考えたかもしれないが、振り返ると、
ただ多数派の流れに乗っかていただけで、
もっと広い視野で考えることもできたのでは? とも思う。
もし四国で生まれていたらどうだっただろう。
家を出て、島を出て、帰省するのに数万円かかる、遠く離れた東京や大阪に行きたいと思っただろうか。
もし周りの友人が地元で進学していたら、自分だけ違う選択ができただろうか。
行くとしたら、それなりの「理由」や「覚悟」が必要だった気がする。
たとえば、神童と呼ばれるくらいに勉強ができる子だったとか、
東京や大阪に親戚がいるとか、家の経済的な余裕があったとか。
東京近郊に生まれた私は、ただその環境の流れに乗って進学し、
当時の円高という世界の流れにも後押しされて短期留学もできた。
それをずっと「自分の選択の結果」だと思ってきたけれど、
そうではなかったのかもしれない。
ただ、生まれた場所の影響で、そうなっただけ、だったのかもしれない。
私は神童でも特別な才能があるわけでもない。
ただ、時代の流れや環境、親の支え、そしてたまたま巡り合った偶然――
そうした「見えない力」にも支えられて、今の自分がある。
選択も大切だけれど、選択できる環境に感謝することも、
この年になってようやく分かるようになってきた。