エリン・メイヤー氏のようなアメリカ人女性の視点から、
日本やアジアの文化に根づく企業文化について、
「ヒエラルキーの相互責任」という客観的で分析的な言葉で説明されると、
「自分が当たり前だと思っていたことが、実は哲学として存在していたんだ」という発見につながりました。
例えば、日本語の「上司」「先輩」に含まれる“暗黙の意味”
日本語の「上司」や「先輩」という言葉には、
単なる役職や年次の上下以上のニュアンスがあります。
そこには、孔子の「仁」や「徳」、そして父母的なリーダーシップに通じる、
・面倒を見る責任
・導く責任(メンター的役割)
・部下を守る責任
といった意味が無言の前提として含まれています。
だからこそ日本の職場では、ただ業務を指示するだけでは「上司らしさ」が足りない
と感じられ、また、
部下が礼儀や遠慮をもって上司に接するのも自然なことで、
会議含めて反論しずらい雰囲気になります。
学校で儒教を深く学ぶわけではなく、
私自身は大昔に孔子という人が儒教を広めたらしい、位の知識しかないのに、
学校や職場文化や上下関係、礼儀作法には孔子の思想が色濃く残っています。
何より興味深いのは、アメリカ人の著者がそれを客観的に整理し、
「アジアのリーダーシップとは何か」を言語化し、
西洋と比較することで歴史の大きな流れが浮かび上がることです。
テキストメッセージやビデオ通話で世界中がつながる現代であっても、
数千年前の思想や出来事が、今なお私たちの価値観や行動の根底に影響を与え続けている——
その事実がとても面白いと感じます。日本の文化の根を外から眺めることができ、
一気に視野が広がりました。
