Summervacationのブログ

今日も世界は広がっていく

AI翻訳の時代になぜ英語を学ぶのか?

 

かつて働いていた輸入商社では、米国や欧州など海外メーカー製品を

「日本で売ること」が仕事でした。


そこで本当に求められていたのは 「日本で価値を生み、売上につなげる力」 であって、必ずしも流暢な英語ではなかったです。

 

実際のところ、海外メーカーから厚い信頼を得ていたのは、

帰国子女のような英語ペラペラの人ではなく、


日本市場を理解し、日本のお客さんに刺さる形で提案し、信頼関係を築ける営業マン でした。

 

正直に言えば──
英語がペラペラでも、海外製品を日本のお客さんに売り込めないなら、

海外メーカーの信頼を築けない。

 

海外メーカーの信頼を勝ち取っていたのは、


空気を読むのが上手で、必ず根回しをして、

日本的な組織で立ち回る、日本的なスキルが高い人


その力こそが、時に英語力以上に必要だったりします。

 

ある営業マンは日本で高額の商談をまとめ上げ、アメリカのメーカーに招待され、
スタンディングオベーションで迎えられたという。


求められたのは“流暢な英語”ではなく、「日本で価値を生む力」。

 

英語の習得には大きな労力がいるし、

努力してもバイリンガルと言えるほどには程遠い。


しかも現場では、英語以外のスキルの方が案外評価されたりします。

翻訳するだけなら、AIが活躍してくれます。

そのうち会議だって、AIが同時通訳してくれそう。

 

それなのに、なぜ私は、時間を割いて英語を学び続けるのだろう?

その明確な答えは、まだ見つけていないのですが、


今のところ、ひとつ言えるのは──

学ぶことそのものが、単純に楽しいから。

『The Culture Map』(著)エリン・メイヤー ②

エリン・メイヤー氏のようなアメリカ人女性の視点から、

日本やアジアの文化に根づく企業文化について、

 

ヒエラルキーの相互責任」という客観的で分析的な言葉で説明されると、

 

「自分が当たり前だと思っていたことが、実は哲学として存在していたんだ」という発見につながりました。

 

例えば、日本語の「上司」「先輩」に含まれる“暗黙の意味”


日本語の「上司」や「先輩」という言葉には、

単なる役職や年次の上下以上のニュアンスがあります。

そこには、孔子の「仁」や「徳」、そして父母的なリーダーシップに通じる、


・面倒を見る責任
・導く責任(メンター的役割)
・部下を守る責任


といった意味が無言の前提として含まれています。

 

だからこそ日本の職場では、ただ業務を指示するだけでは「上司らしさ」が足りない

と感じられ、また、

部下が礼儀や遠慮をもって上司に接するのも自然なことで、

会議含めて反論しずらい雰囲気になります。

 


学校で儒教を深く学ぶわけではなく、

私自身は大昔に孔子という人が儒教を広めたらしい、位の知識しかないのに、

 

学校や職場文化や上下関係、礼儀作法には孔子の思想が色濃く残っています。

 

何より興味深いのは、アメリカ人の著者がそれを客観的に整理し、

「アジアのリーダーシップとは何か」を言語化し、

西洋と比較することで歴史の大きな流れが浮かび上がることです。

 

テキストメッセージやビデオ通話で世界中がつながる現代であっても、

数千年前の思想や出来事が、今なお私たちの価値観や行動の根底に影響を与え続けている——

 

その事実がとても面白いと感じます。日本の文化の根を外から眺めることができ、

一気に視野が広がりました。

 

 

『The Culture Map』(著)エリン・メイヤー

 

アメリカ人の著者エリン・メイヤー氏が書いた『The Culture Map』という、

異文化理解力についてまとめた本を読んだら、


これまで「空気で理解していて、わざわざ言葉にするほどでもない」と思っていた

日本の特徴が、とても的確に言葉で説明されていて驚きました。


さらに他国との比較もあり、より一層「なるほど」と

腑に落ちる感覚がありました。

 

たとえば、著者は「良い会議とは何か?」というテーマで、

3つの考え方を紹介しています。

 

A)「良い会議とは、会議の中で決定が行われるもの」
B)「良い会議とは、さまざまな意見を出し合い、話し合えるもの」
C)「良い会議とは、事前に決まっている内容に正式な了承を与えるもの」

 

この質問に対して、アメリカでは多くの人が最初の選択肢A選び、
フランスの人たちは主にB、
そして日本ではCを選ぶ人が特に多かったそうです。

 

まさに日本の会議文化そのものだなあと感じます。


日本の職場では、会議は「すでに方向性が固まっている内容を確認する場」として

使われることが多いです。


そのため、違う意見がある場合は、会議中に発言するより、

会議前に個別でそっと共有するほうがスムーズだったりします。

 

大勢の前で
新しいアイデアを出すことでさえ、

「場の空気を乱す」とか「流れを変えてしまう挑戦」と

見られることがあります。

 

だからこそ、日本では正式な会議の前に、個別の雑談や、少人数の非公式な打ち合わせで意見交換をしておく文化が根づいている(根回し、の説明も本にありました)

のだと思います。


こうして言語化してもらうと、普段なんとなく感じていた “日本らしさ” がよりクリアに見えてきて、とても興味深いです。

 

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転勤なのか移住なのか②

 

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東京と名古屋の違いを振り返ってみると、

 

summervacation1.hatenablog.jp

 

都市そのものが持つ「流動性」と「均質性」が、

人の価値観や人生モデルにも影響していることをあらためて実感しました。

 

どちらも大都市ですので、(当初の想像通り)日々の暮らしそのものは大きく変わりません、

価値観に関しては意外と違うかも…と感じたのが正直なところです。

 

東京は、人口が多いだけでなく 価値観の種類がとにかく多く、

人生モデルが分散している。

  • 結婚する/しない

  • 子どもを持つ/持たない

  • 家を買う/買わない

  • 共働き/専業主婦
  • ずっと同じ会社/転勤や転職で動く

こういった人生の選択肢の“正解”が分散していて、

どの生き方も多数派・少数派と呼びにくい空気があります。

 

家を買うにしても、
「価格的に買えない」
「買うメリットを感じない」
「賃貸で身軽に動ける方がいい」
という人が普通に多くいて、住宅購入そのものが“人生の1つの選択肢”に過ぎません。

 

名古屋は地元志向が非常に強く、

  • 地元で大学

  • 地元で就職(支店採用の文化?)

  • 地元で、実家の近くに、戸建ての家を建てて暮らす
    という 「地域の一本筋」みたいなモデルが、まだ力を持っています。

しかも、愛知には
トヨタ自動車三菱重工デンソー、アイシン
といった安定した大企業が集まっていて、


昭和的な「正社員・持ち家・家族」の価値観が現実的に実現できる環境があります。

だから“結婚して家を建ててこそ一人前”みたいな空気が残りやすいし、
東京と比較したら価値観がとても均質なコミュニティが形成されやすい、

 

まとめると、

東京

  • 人口が巨大で流動性が高い

  • 多様な価値観がぶつかり合う

  • 1つの生き方が“正解”にならない

名古屋(愛知)

  • 地元志向が強く、コミュニティが安定

  • 大企業が多く、昭和的モデルが維持される(今のところ)

  • “こう生きるのが普通”という雰囲気が生まれやすい

 

どちらが良い悪いではなく、

一見すると、同じような都市の生活を送っているように見えて、

土地ごとの文化や背景によって「当たり前」がこんなにも変わるのだと学びました。

 

そして今は愛媛。
ここでは、またまったく違う風景や価値観、暮らしのリズムに出会えるはず。

 

移住ではなく転勤だからこそ、現在いる土地を、また、かつて自分が居た場所を、

客観的に捉えることができます。


また、「いつか帰る」ことが前提にあるから、合わないと感じる部分が万が一あっても、

心に余裕をもって受け止め、楽しむことができる。


その距離感が、むしろ土地との向き合い方を豊かにしてくれるのかもしれません。
この土地で、次はどんな気づきを得られるのか──それが楽しみです。

 

転勤なのか移住なのか

チームワーク

四国に引っ越して数カ月。
ようやく自分の生活リズムには慣れてきて、
最近は“人間関係の風景”が徐々に見えてきたかな、という感じです。

 

私は東京→名古屋転勤も経験したことがあるので、
やっぱり 「転勤」なのか「移住」なのか の違いは大きいと思います。

 

移住者は、根を張る覚悟でその土地に入っていく。
人間関係のハードルも高いし、地元の歴史や空気を読みながら、
少しずつ信頼関係を築いていく必要があります。

 

一方で、転勤者は 外様ポジション
「いつか戻る前提」なので、支店の派閥や昔から続く人間関係(誰と誰が仲が良いとか悪いとか)には、踏み込まなくていい。


深いしがらみがない(知らない)分、心理的負担は全然ちがう。

 

実力面では期待されるけれど、内部政治には関わらない——
求められるのは“仕事”であって、「派閥への忠誠」ではない。

 

また、お局さん(死語?)のように、自分にとっては正直付き合いづらい人がいても
「まあ、いずれ離れるし」という前提があるだけで
自然と心の余裕も生まれます。笑

 

文章にすると、
“地元の輪に入りきれていないさみしい人”のようですが、笑、

 

名古屋にいた頃を振り返ってみると、
外様は外様で、ほどよい距離感のおもしろさがあると思います。

 

たとえば、
長年ずっと紙で続いていた一部の業務を、
「これデジタル化したほうがよくないですか?」と提案して、
実際に進めることができたこと。

 

古参の人ほど、
「変えたいけど、変えると色々言われるかも…」という恐れがあって
なかなか動けない。

 

  • 「始めた人の顔をつぶすかもしれない」

  • 「変えて問題が起きたら、自分の評判が下がるかも」

そんな“見えない圧力”が、長く組織にいるほど重くのしかかる。

 

でも、外様で来た自分は、


しがらみの外側にいる+責任も“新しくきた転勤者の案だから”で中和される
という、絶妙に自由なポジション。

 

だからこそ、新しい風を入れる“触媒”になれた。
古参が言いづらくて手を出せなかったことを、


「何も知らない転勤者」という顔で、代わりに動けた。

結果はうまくいって、
みんなの仕事も大幅に残業が減って、喜んでもらえました。

 

四国で自分は何ができそうか?

 

地元の空気を大切にしつつ、新しい視点を届ける、

外様であることの“軽やかさ”を活かす余地はある気がしています。

「東京23区の新築マンション平均価格が 1億5,313万円?

バブル

最近、「東京23区の新築マンション平均価格が 1億5,313万円、前年同月比 18.3%上昇」というニュースを目にしました。

www.fnn.jp


首都圏の平均価格も 9,895万円で、普通に会社員として働いているだけではとても手が届かない金額だと感じます。
「いったい誰が買っているのだろう?」と思わずにはいられません。

 

調べてみると、外国人購入者は数パーセント程度で、主に購入しているのは一部の高年収層や投資目的の富裕層だと言われています。


その結果、東京23区のマンション価格は、一般の生活者の感覚とはかけ離れ、独自の世界で動いているように思えてきます。

 

一方、四国に引っ越してまず驚いたのは、住宅事情の快適さです。
東京に住んでいた頃よりキッチンや間取りが新しく、日当たりや風通しも良く、広さにも余裕があって、築年数も浅く、駐車場まで付いていて、

賃貸価格はずっとリーズナブルです。

 

改めて、「不動産価格は、そのものの価値ではなく、需要と供給のバランスで決まる」ということを実感しています。

 

通算で10年程度住んだ東京23区から離れて四国に住んでみると、

人口が集中し続ける東京23区だけが、まるで“別の経済圏”のように住宅高騰の波、

バブルを感じます。


その一方で、地方にはまだゆとりがあり、暮らしやすさを感じられる選択肢がたくさん残っています——

そんな対照的な日本の姿が、最近ますますくっきり見えてきました。

 

同じ日本でも、都市に住むのか地方で暮らすのかで、住宅の価値基準も、

日々の生活の豊かさも大きく変わるのだと、あらためて感じています。

 

 

葛飾北斎《The Great Wave(神奈川沖浪裏)》280万ドルで落札のニュースを見て思う事

 

The Great Wave

神奈川県・箱根にある岡田美術館を創設した岡田和生氏(83歳)が長年集めてきたコレクション125点は、11月22日にサザビーズ香港のオークションに出品され、総額 8,800万ドル(約130億円)

 

その中には、葛飾北斎の《The Great Wave(神奈川沖浪裏)》も含まれていて、
この作品だけで 280万ドル( 約4億3900万円)で落札された、いうニュースを見ました。

 

高額弁護士費用(約74億円)を支払うために、売却した、とのことですが、

83歳になっても、大きなお金を動かす胆力。
そのエネルギーと「最後まで攻める姿勢」には、驚かされます。

 

政府の方針で価値が揺れやすい通貨や土地だけを持つよりも、

世界で通じる「価値の安定した資産」で、美術品は、富裕層にとって理想的なコレクションなのかもしれません。

 

世界中で知られる北斎の《The Great Wave》。
私自身も、この絵に強く惹かれます。

巨大な荒波に、小さな小舟が揺れ、そのずっと奥に静かにそびえる富士山。

 

人生そのもののようで、
荒波に飲まれそうになっても、その向こうには希望がある。
そんな物語を、この一枚の絵から感じます。

 

四国に引っ越してから、気づいたことがあります。

「あの、ざっぱーんとした荒波は、やっぱり太平洋の波なんだ!」

 

神奈川沖浪裏というタイトルなのであったり前!なのですが、

私は横浜出身で、海と言えば太平洋の海でした。

だから、海といえば、あの荒波、ざっぱーん感が普通でした。

 

でも、もし自分が瀬戸内海で育っていたら、

瀬戸内海は穏やかな内海で、島々が内海にたくさん浮かんで、

荒々しい波は立たないので、

波といえば、ちゃぷちゃぷ感、だったかもしれないなと。

 

北斎は太平洋を見てあの浮世絵を描いたんだな、と、

あらためて実感し、ひとりで膝を打ちしました。

 

 

超お金持ちが美術品を求める理由には、
経済的な強さだけでなく、文化や時間を超える価値があるからこそ。

 

そして北斎の“大波”は、
時代を越えて、人生の荒波と希望を象徴し、今の私たちの心にも届く。

 

なんとなくそう思いました。